マッチ工場○ 大田区あたりの町工場地帯シャッターが閉まっている数軒の町工場。 機械の音が悲しくどこからか聞こえてくる。 あたりを飛んでいる蝉だけが元気にはしゃいでいる。 ○ 町田マッチ製造工場・外観 (夜) 古びた看板が取れかけている。 窓ガラスにもひびが入っている。 ○ 同・中 (夜) 机に置かれている融資打切りの銀行からの通知。 機械を止める町田徳治(60)。 タオルを差し出す町田ミツ(60)。 機械を掃除する徳治。 徳治「こんだけまだまだ動くのによ。親父たちに申し訳ねーよ。俺で終わりにしちゃよ」 ミツ「まだそんなこと言ってるんですか?浩二のことで分かったと思ってたのに」 汗を拭き乱暴にタオルを投げ出す徳治。 徳治「あいつのことは、口に出すなと言ってるだろ」 タオルを拾うミツを睨む徳治。 ミツは、タオルで顔を隠すように出ていく。 徳治「俺は、マッチ辞めねーぞ」 町田マッチと製造元に印刷された赤いマッチ箱を眺めている。 ○ 新宿西口あたりのオフィス街 信号待ちのサラリーマンの群れ。 タバコにライターで火をつけようとする若いサラリーマン。 隣で様子を伺う徳治。 なかなか火がつかない。 徳治は、マッチを差し出す。 若いサラリーマンがマッチを受けとる。 若いサラリーマン「す、すいません」 徳治は、誇らしげになる。 徳治N「マッチもまだまだ捨てたもんじゃないぞい」 若いサラリーマンがマッチの使い方に手間取っている。 徳治「なんじゃ?おぬし、マッチも使えんのか?」 若いサラリーマン「す、すいません」 徳治はマッチをつけてやる。 徳治「最近の若いものときたら、文明の利器にばかり頼りやがって」 若いサラリーマンは、逃げるように去っていく。 若いOL1「いまどき、理科の実験でさえ、使わないよね」 若いOL2「どっちが時代錯誤なのかしらね」 徳治は、OLたちを睨む。 徳治N「マッチは、今までの日本になくては、ならなかったものだ。少しは感謝する気持ちをもてんのかの」 OLたちは、逃げていく。 ○ ABF銀行・下町支店・外観 あなたの力に・地域の力にと看板にうたっている。 ○ 同・中 主婦や工場関係者らしき人でにぎわっている。 ○ 同・応接室 融資担当者と徳治が向かい合って座っている。 徳治は、お茶をすする手を止める。 徳治「な、なんじゃと?貸すときは、ホイホイ貸しといて都合が悪くなったら手のひら返しやがって」 担当者「いまどき、マッチが売れるわけないでしょう。我々も商売なんですよ」 徳治「あなたの力にあの文句は、出鱈目か?外だけは、いいカッコしやがって」 担当者「もう、お歳なんですから、年金暮らしされてはいかがですか?」 担当者は、何か書類を取り出している。 担当者「老後のことならご相談のりますよ」 徳治「ふざけるな」 徳治は、担当者にお茶を投げかける。 ○ 下町ファイナンス・外観 (夜) 雑居ビルの三階に社名の看板がある。 曇りガラスで中がよくわからない。 ○ 同・中 数人の社員らしき者がタバコふかしたり、ケータイをいじっている。 山本幸造(60)が女性事務員と話をしている。 山本「そうか、そうか。わかってくれるか。その辺の銀行なんかより頼りになるな」 事務員「鉛筆は、今でも必要ですわ。私もまた使いたくなりました」 山本は、鞄から鉛筆を一ダース取り出す。 山本「ほら、使え。これでよかったら。じゃんじゃん持ってきてやる」 事務員「ありがとうございます」 一人の男が、タバコをマッチでつけているのに気付く。 山本「あの人、マッチを使っているんだ」 事務員「なぜか、マッチなんですよね。社長、マッチのこと驚かれてますよ」 社長「下町には、こういうもの作ってるところもありますよね。やはり、ここで商売していくには、地域のことよくしらないといけませんからね」 山本「あなたたちには、感動した。これからもよろしくおねがいします」 事務員と社長は、顔を見合わせて笑う。 社長「こちらこそ、お願いします」 事務員「では、ご融資させていただきますので判子をおねがいします」 山本「今度、親友をつれてきていいですか?同じ町工場仲間なんだけど、お金に困ってるみたいなんで」 事務員「いいですよ。どんなの作られてるんですか?」 電話がなる。 男性社員「社長、電話ですよ」 社長が電話を取る。 山本「マッチ工場なんだ」 事務員「社長を中心に私たちが応援しますよ」 山本「ありがとう」 山本は、店を出て行く。 ○ 徳治の家 (夜) 徳治は、酒を飲んでいる。 ミツは、テーブルを拭いている。 ミツ「もう、それくらいにしてくださいな」 徳治「飲まずにいられるか。マッチを馬鹿にされて黙ってられるか」 ミツ「体壊したらまずいですよ」 徳治「お前も俺の妻だったら悔しくないのか?」 ミツ「じゃなかったら一緒にいませんよ」 ミツは、立ち上がり台所へ向かう。 ○ 町田マッチ製造工場 (朝) 徳治がシャッターを開けると鳩が飛び出してくる。 ○ 同・中 徳治とミツが入っていく。 あたりに糞が散らばっている。 徳治「どいつもこいつも俺を馬鹿にしおって」 ミツは、もくもくと床を拭き始める。 徳治「母さんは、俺のこと応援してくれるのか?」 ミツ「辞めろと言っても辞めないでしょ?」 ミツは、汗を拭く。 ミツ「お父さんもさっさとしなさいな」 徳治も床を拭き始める。 ○ 徳治の家 (夜) 山本と酒を飲み交わす徳治。 ミツは、つまみを運んでくる。 山本「奥さん、席はずしてもらえますか?」 ミツは、台所へ行く。 山本「トクさん、いい話があるんだ」 徳治「また、女のはなしか。わかいね」 山本「融資の話なんだ」 ミツの足が止まる。 徳治「本当か?」 ○ 徳治の家・玄関 (朝) 二つの靴が並んでいる。 徳治「今日でなんとかなりそうだ。赤飯たいてろや」 ミツ「期待しないで待ってますよ」 ミツは、心臓がくるしくなっている。 ○ 山本鉛筆工場 (中) 中から、ガラスや機械の壊れる音が聞こえる。 町田浩二(35)が取り立てをしている。 浩二「金返せよ。それかこの土地売れよ」 山本「あのときの社長か。あんとき言ってたの嘘か」 浩二「そんなに甘い話あるわけないだろう?鉛筆なんか誰が使うんだよ」 山本「こんな人間にどうしたらなれる?親の顔がみたい」 浩二「うるせーよ。二度というなよ。お前は金帰せばいいんだよ」 ○ 下町ファイナンス 徳治は、女性事務員と話している。 浩二が帰ってくる。 徳治「こ、浩二?」 浩二「何してんだ?こんなとこで」 徳治「工場がつぶれそうなんだ」 浩二「親父に貸せるわねーだろ。こんな金」 徳治「この条件なら返せる、親の顔を立てて貸してくれ」 浩二「そんな甘い話なんかあるわけねーだろ」 徳治「もしかして、ヤミ金か?」 浩二は、黙ってしまう。 徳治は、浩二の頬をひっぱたく。 ○ 下町信用金庫・ロビー 徳治は、頭を下げている。 浩二は、通りかかり徳治の背中が小さく見える。 浩二「昔は、よくしかられて、背中も大きかったのに」 徳治は、よろけながら歩いている。心臓を押さえながら。 ○ 下町ファイナンス・事務所 浩二は、いくらかお金を持ち出している。 事務員「どうしたんですか?」 浩二「いい儲け話があるんだ。しばらく留守にする」 事務員「お土産待ってますよ」 ○ 徳治の家 ミツは、浩二の姿に驚いている。 浩二「親父は?」 ミツ「それが、帰ってきてないんだ。警察に電話しようとしてたんだけど」 浩二「その前に探そう。肝臓悪いんだろう?」 浩二は家を飛び出していく。 ○ 千葉あたりの海 徳治は、浜辺に降りていく。 波が少々高い。 徳治「おれもマッチがだめならそろそろ終わりかな」 徳治は、海へ向かい歩いていく。 未来「ダメー。死んじゃダメー」 町田未来(12)は、徳治の腰にしがみついている。 未来のポケットからマッチ棒が落ちるのが見える。 徳治「マッチが好きか?」 未来「お父さんが唯一くれたものなの。だから、これしかお父さんの匂いしないいんだ」 未来が線香花火にマッチで火をつける。 未来は、楽しそうに小さな火の玉を見つめている。 徳治「お母さんは?」 未来「去年死んじゃった」 徳治「おかあさんが、お父さん連れてきてくれるよ」 未来「線香もあげてないし、むりだよ」 徳治「お父さんは、どこにいるの?おじさんにも線香花火くれるかい?」 未来「知らない」 未来は、線香花火に火をつけようと、マッチ箱を落としてしまう。 赤いマッチ箱で町田マッチと製造元にかかれている。 未来は、泣き出している。 マッチ箱を拾う徳治。 徳治「おじいちゃんが、同じマッチ作ってやる。お母さんにも線香上げよう」 未来「そんなこといっぺんにできるの?」 徳治「できるさ、未来ちゃんが笑ってくれればな」 二人寄り添ってしゃがみこむ。 二人の目を閉じ、微笑む二人の笑顔を朝日が照らしていく。、 ジャンル別一覧
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